2012年6月11日 (月)

君が笑ってる、みんな笑ってる!!

ジャズシンガーの奥土居美可さんという方が、昨年の震災で被害を受けた宮城県の牡鹿中学校区内の避難所に対し支援活動を始めたことがきっかけで、タイトルの歌が生まれ、CDとして発売されています。

P6114596
ので、早速購入しました。

続きを読む "君が笑ってる、みんな笑ってる!!"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年8月 4日 (木)

震災復興人員支援 おまけ

ウチらがお手伝いしたホヤ生産者の三浦さん、実はNHKの夜9時のニュースに出てました。便利な世の中、ネットで見ることが出来ます。

http://cgi2.nhk.or.jp/nw9/pickup/?date=110725_1

この三浦さんとリアルで会い、直接震災当時から今の気持ちまで直に話を聞けたこと、とても感慨深いものでした。

被災地を自分の目で見て感じたこと。

ホンットに、今自分達が住んでる街が、そのまま全部津波に飲まれてスッキリ遠くまで見通せる荒れ地になったと思って下さい。今、テレビで流れている絵は、今の絵。でも震災前は私達が今住んでる街と何ら変わりない住宅地だったんです。津波が、すべてを流し去ってしまった。私が見たのは現・石巻市内だけ、でも本当はこの光景が東日本一帯に繋がっている。まだ石巻市、牡鹿半島は仙台から近いのでボランティアや行政の手が届きやすいけれど、きっともっと手が届いていない地域もあると思う。

石巻市内や移動中に見かけたバスやパトカー、郵便局の車、全部合わせるとそれこそ日本中の地名が出て来た。復興活動してる人達、ホントに日本中から集まってる。被災状況は深刻極めているけれど、日本中、いや国外からのボランティアさんも頑張って復興しようとしてくれている。

この、助け合いの気持ち、素直に心打たれました。

まだまだ、復興なんて言葉は使えないような気がします。兎に角被害の規模が超甚大、また石巻市内や牡鹿半島では電気や水道、電話もままならない。テレビや新聞では報道できないような酷い事件も発生しているらしい。

兎に角、人手が足りない。義援金、支援金、物資はともかく、人間の手作業でやらないといけないことが無限大に残っている。被災地はまだまだ全然手の入っていない所もある。

今回の活動に参加して、参加する前よりも自分達の微力さに直面させられました。被災地の100%復興、いつになるか想像も付かないことがよく分かった。ウチの会社は4月から毎週30人~50人の希望者を募って石巻に出しているけれど、それでも全然足りていないし、石巻よりもまだまだ支援の手が届いていない地域もある。震災から4ヵ月経ち、名古屋と現地では復興に対する認識の違い、テレビで見えるような生易しいものじゃない。

仮にも自分が生まれ育った秋田から遠くない地域での震災。今回支援を要請された三浦さん、ボランティアで駆け付けて頑張ってる渡辺さん、バスの運転だけでなく物資の調達や運搬を快く引受けてくれた佐々木さん他運転手の皆さん、毎週交代で出発する参加者に間に合うようにゴム長やカッパの仕分けをしてくれた方々、沢山の人達に支えられて私達は活動できました。一般のボランティアの人達とは全然違うレベルの恵まれた環境で復興支援に参加できたことは本当に幸運なことだし、他の団体や個人よりも働きが良いのは当然、それ以上ものが期待されていると思わなければ。

まだまだ被災地は全然人が住んだり産業を再開するなんて遠い先の話だけれど、いつかは元通り、いやそれ以上になると信じて、これからもできることは協力して行こう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年7月31日 (日)

震災復興人員支援 番外編 その1

・・と、使命に燃え、自らの微力を憂えた話ばかり書きましたが、ここらでいつもの自分に戻って馬鹿話をしたいと思います。

続きを読む "震災復興人員支援 番外編 その1"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年7月29日 (金)

震災復興人員支援 まとめ 実際の活動

今回はたまたまボランティアセンターが休日の月曜日が住宅街の側溝清掃以外は、ホヤの養殖に使う牡蠣の貝殻選別作業でした。今回の参加者は、大きく見て若者が多いグループと、ウチら年寄りと女子3名がいるグループに分けることができたので、若者組は民家の清掃。コレは、来週から地域一帯に重機が入って、津波に飲まれても倒れなかった家も含めて地ならしされてしまうので、少しでも住民が残しておきたい物を救い出す意味も含めての作業。

続きを読む "震災復興人員支援 まとめ 実際の活動"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

震災復興人員支援 まとめ 被災地の状況

実質活動5日、移動往復2日・私だけ帰りは別行動で秋田のお袋の所へ寄って、今朝無事帰着しました。あっという間の5日間。ホントに微力ながら、被災地の復興のほんの少しだけれどお手伝いの機会を得られたことに感謝しています。

続きを読む "震災復興人員支援 まとめ 被災地の状況"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年7月27日 (水)

5日目、終了。

5日目、終了。
活動最終日、貝殻選別もこれが最後。天気予報は予想最高気温29℃、雷雨になるかも知れないって言ってたけれど、降られたのは朝の移動中だけでラッキー。

大して体力も使わず、いわゆる復興支援というものとはイメージが違う作業だったけれど、支援要請元の生産者、三浦さんの顔や話を思い出すと自然とペースが上がる。

この日は地元の牡鹿半島復興市場が開催されるということで、作業は1時間早く切り上げ、そこで買い物をすることで経済的な支援もすることになる。

P7274481

商品もお客さんも少ない、ささやかな市場だったけれど、地震と津波から生き残った強運のお酒とおつまみになるものを購入。

被災地を見るのもこれが最後と思ってカメラ片手にバスに乗ったけれど、さすがに疲れてて爆睡。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年7月26日 (火)

4日目、終了。

今日も貝殻選別作業、天気は晴れ→曇り。作業の世話役の渡辺さんという岡山の青年、たまたま仕事が無かったので6台持ってるバイクの内の、下駄代わりになるWR250と遊び用のYZ250Fをトランポに積んでボランティアに来ている。途中で資金が足りなくなって一旦岡山へ戻って他のバイク2台を売り飛ばしてまたコッチへ来て活動継続、お盆辺りまでは居ると言ってた。

P7264454

ウチらは会社でお膳立てして貰って、給料の心配もせずに来ているけれど、普通のボランティアの方は全部自腹でテントや車中泊で過ごしている方も多いと思うと頭が下がります。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年7月25日 (月)

3日目、終了。

午後は午前と同じ区画の別の道路の側溝清掃。だが日向なので暑い暑い。でも名古屋に比べたら大分マシだと思う。こりゃマジで東海地方に地震・津波が来たら大変だな。
 
今日1日、ウチらが復活させた側溝の距離は600m。かなりよくやった方らしい。
 
写真は今日の活動拠点、レンタルビデオ屋跡、中身は何も残ってません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

3日目、側溝清掃。

今日の作業は住宅街の側溝のフタを開け、底に溜まった泥やヘドロをスコップで掻き出し、土嚢袋に詰める。天気は晴れだけど予想最高気温29℃、風も少しあるし午前中は日陰だったので辛くはない。

幹線道路に面した1区画分、朝見た時は全部終われるのかな?と思ったけれど、約50人で掛かったら午前中に終わってしまった。

午後はまた別の区画に取り掛かる予定。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年7月24日 (日)

2日目、終了。

今日も、と言うより今回はボランティアセンターが休日の明日以外は貝殻の選別作業。小雨で肌寒かった昨日と変わって天気は晴れ、予想最高気温は29℃。適度に風もあり、そう体力を使う作業ではないのでかなり楽な部類だと思ったけれど、それでも一日中太陽の下にいたことでみんな意外に疲れたのか、帰りのバスではほぼ全員意識不明。

今日は作業前に石巻市街地の全壊地域でバスを降りて全員で黙祷、活動場所近くで校舎が津波に丸飲みされた小学校の見学、作業を依頼されたホヤ生産者の生の声も聞くこともでき、非常に感慨深いものでした。

明日は多分全壊地域近くで側溝の泥出し。気温も上がりそうで一番きつくなると思われます。無理しないように気を付けなければ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)